【朝崎郁恵】 1935年奄美大島生まれ。奄美諸島で古くから歌い継がれてきた島唄の第一人者。島唄の研究に情熱を傾けた父辰恕の影響を受け、天性の素質を磨いた朝崎はすでに10代で天才唄者として活躍していた。現在、東京を中心に活躍中。後進の育成を図るとともに、日本各地の芸能や各国の民族音楽とも交流し、新しい島唄の創作に力を注いでいる。 1984年から十年連続して国立劇場で公演。 1997年、奄美の島唄の基本を崩さずにシンプルで斬新なピアノのアレンジによって、インディーズで発売されたミニアルバムCD「海美」以来新たな表現の境地を得たその唄声は、細野晴臣、UAをはじめ音楽界にも多くの信奉者を作り、「涙が溢れてとまらない」など世代を越えて多くの人たちに感動をあたえてきました。 2002年67歳にしてついにメジャーにて初のフルアルバムCDをリリース。UAがゲスト参加したこのアルバムはHMV、タワーレコードなどのワールドミュージックチャートで長い期間上位にランクインするなどメディアを含め各方面で大きな反響を呼びました。また2003年7月に発売された待望のセカンドアルバム「うたあしぃび」ではコンセプトを奄美に古くから伝わる「うたあしぃび/唄あそび」にフォーカスし、チチ松村(ゴンチチ)SUGIZO(元ルナシーのギタリスト)、姫神、ウォン・ウィンツァン、など多彩なゲストを迎え更にパワーアップした朝崎郁恵と奄美島唄の魅力を伝えています。 同年11月に「うたあしぃび コンサート」として 東京池上本門寺の仏像が安置されている本殿内にて 画期的なライブを行い大反響を巻き起こす。 引き続き自身初の大阪と福岡公演を 大阪ブルーノート、福岡ブルーノートで 初の奄美の唄者単独公演として行い、 観客の心を揺さぶり涙を誘い、「六調」では皆が踊りまるという、 奄美のシマウタの歴史的一歩を刻む。 2004年、69才にして初のCM出演デビューを果たす。 ![]() |
|
| 1959: | 映画「エラブの海」のバックミュージックとして島唄を担当 |
| 1982: | 奄美島唄朝崎曾を主催 |
| 1984: | 国立劇場にて第1回独演会「朝崎郁恵 奄美を唄う」 |
| 1989: | NHKテレビ「この人'89」に出演 |
| 1990: | NYカーネギーホール及びLAにて「奄美大島民謡の夕べ」を開催 |
| 1990: | 松阪慶子主演映画「死の棘」で島唄及び方言を指導 (カンヌ映画祭 受賞作品) |
| 1995: | 品川「きゅりあん」にてソロリサイタル「島唄幻想 '96」を開催 |
| 1997: | CD「海美」をインディーズよりリリース(現在廃盤) |
| 1998: | キューバにて「日本人移民100周年記念公演」に参加 |
| 1999: | 東京杉並セシオンホールにて、J-WAVE後援ライブ「ティダノウテイマグレ(太陽の落ていまぐれ)」開催 |
| 2002: | 8月、メジャーデビューアルバム「うたばうたゆん」を ユニバーサルミュージックより発売 |
| 12月には池上本門寺主催の公演に出演。 | |
| クリスマスにはTOKYO-FM主催のイベントに出演し、日本武道館より全国に生中継された。 | |
| 2003: | 7月、待望の2NDアルバム「うたあしぃび」発売 |
| 11月 「うたあしぃび2003コンサート」東京池上本門寺 (共演/高橋全、タナカアツシ、チチ松村、内藤哲郎、 福岡ユタカ、和田みゆき、十五夜会) 「うたあしぃび2003」福岡ブルーノート (共演:高橋全、笹子重治、タナカアツシ) 「うたあしぃび2003」大阪ブルーノート (共演:高橋全、笹子重治、タナカアツシ、かとうかなこ) 「 神唄祭り」奄美パーク (共演:安東ウメ子、OKI,中孝介、高橋全 他) |
|